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2025年9月第1週の編集人コメント

「7. エージェント的AI、Look-to-Book率の迫り来る急成長」の読後感想

 

航空券販売におけるLook-to-Book比率(L2B)は、1990年代には10対1程度で推移していたが、直販サイトやメタサーチ、OTAの普及、さらにNDCやAPIによる動的運賃やパーソナライズ化の浸透によって、現在は20,000:1にまで悪化している。記事では、今後AIエージェントの普及によって、ユーザーに代わってAIが大量の検索を繰り返すようになり、その比率は年内にも200,000:1を超える可能性があると指摘している。こうした状況はシステム負荷やコスト増大を招くため、旅行業界にとって深刻な課題となる。

 

もっとも、AIは問題であると同時に解決策にもなり得る。キャッシュの自動最適化や機械学習による検索ノイズの削減などに期待が寄せられる一方、AIトラフィックをどのように識別し、必要に応じて課金や制御を行うのかという議論も始まっている。Cloudflareによる「pay per crawl」の構想や、AIボット向けにアクセス範囲を明示する「llms.txt」といった提案もその一例である。結局のところ、AIによる検索の爆発は避けられず、旅行企業は新しい常態に備えてコスト管理と効率化の両面で戦略を立てる必要がある。

 

この記事を読んで感じたのは、旅行企業がこの「検索爆発」の受け手であると同時に、その出し手でもあるという二面性である。たとえば、OTAやメタサーチはユーザー体験を高めるために他社のAPIを大量に叩くが、自社の在庫やコンテンツもまた別のプレイヤーやAIエージェントから同様に叩かれる。

つまり同じ企業内であっても、利益を追求する部門とコストを負担する部門が分かれ、調整が難しくなる。また業界全体に目を向ければ、「他社より多く検索すれば有利になる」という発想が各社に広がり、APIリクエストが雪だるま式に増える結果、システム負荷とコストだけが膨張し、予約効率はほとんど変わらないという“囚人のジレンマ”に陥りかねない。

 

さらに、供給者と流通者の間の摩擦も避けられない。航空会社は過剰な検索による負担を嫌って制限やペナルティを導入する一方、OTAは比較が制限されればサービス価値が損なわれるとして反発する。実際にユナイテッド航空が、検索過多の代理店に対してペナルティを導入した事例も報告されている。しかも旅行企業は、自らAI旅行アシスタントを導入して「自動で最適なプランを探す」と謳いながら、同時に他社のAIから大量アクセスを受けるという自己矛盾を抱える。加害者であり被害者でもある状況は、今後さらに加速していくだろう。

 

このような行き詰まりを打開するためには、業界全体での標準化が必要となる。llms.txtのようにAIボットのアクセス範囲を明確にし、Cloudflareのpay per crawlやNDCのペナルティモデルのように「叩いた分だけ払う」仕組みを整えることが求められる。また、AI自身を活用して不要なリクエストを抑制し、本当に必要な検索だけを実行するようなノイズ削減の工夫も重要だ。ただし、こうした施策が十分に機能する前に、検索合戦が激化し、コスト爆発やパートナー関係の悪化が先に進行する可能性は否定できない。

 

結論として、旅行企業は「検索の爆発を引き起こす攻めの立場」と「検索爆発にさらされる守りの立場」を同時に抱えており、この二面性が業界全体のコスト膨張やパートナー摩擦を引き起こす根本原因となっている。今後の旅行流通における最大の課題は、この二面性をどう調整するかにあり、ルール化や課金モデルの整備、さらにはAIを活用した効率化によって新しい均衡を見いだせるかが問われている。

 

(注)Look-to-Book比率は、分母が検索回数であり分子が予約数となる。コンバージョン率は、分母がユーザー訪問者数(大抵はセッション数)であり分子が予約数となる。両者は似ているようで異なる。L2B比率が低下したとしても、コンバージョンは不変となる。

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