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2025年 8月第2週の編集人コメント

 

8月5日の「6. 旅行における暗号通貨が増加」についてコメントする。

 

Web3は、ブロックチェーンを基盤とした分散型インターネットの概念であり、データや価値を中央企業ではなくユーザーやコミュニティが管理・所有する仕組みを可能にする。従来のWeb1(読むだけ)、Web2(読む+書く)に続き、Web3は「読む+書く+所有する(Read + Write + Own)」を特徴とし、暗号資産やNFT、スマートコントラクト、分散型IDなどを通じて、金融やコンテンツ流通、組織運営を透明かつ直接的に行える。

 

旅行業界でもこの動きは始まっており、暗号資産、特に価格が安定したステーブルコインを用いた航空券やホテル予約の決済、NFTを活用した会員権や特典付与、ブロックチェーン型ロイヤルティプログラム、さらにはB2B決済の即時化や旅行者データの自己管理と報酬化などが進みつつある。これにより、決済コストの削減、送金の高速化、特典の相互利用、データの安全な活用といった利点が実現している。

 

現状ではこうした仕組みを導入する企業はまだ限られるが、TravalaやEmiratesなど一部の企業が先行し、旅行支出に占める暗号資産決済の比率は今後数年で拡大するとみられている。短期的には新興国や中東地域を中心にステーブルコイン決済やNFT特典の普及が進み、中期的には旅行支出全体の3〜5%が暗号資産で行われる可能性がある。さらに長期的には、旅行者のID・決済・会員情報がブロックチェーン上で統合された「分散型旅行者プロファイル」が普及し、国際B2B決済の大部分がリアルタイム化される未来も描ける。

 

この流れと並行して、旅行業界では生成AI、とりわけエージェンティックAIの導入も加速している。Web3とエージェンティックAIは補完関係にあり、Web3が分散型のインフラを提供し、その上でAIが旅行者や事業者の行動・取引を自動化・最適化する。例えば、エージェントAIはユーザーのウォレットと連携して最適な旅程を探し、ステーブルコインで自動予約と決済を行うことができる。分散型IDに紐づいた旅行履歴や嗜好データを参照しながら、ユーザーが許可した範囲でカスタマイズ提案を行い、異なる企業のトークン型ポイントを統合・活用することも可能だ。B2Bの領域でも、OTAから航空会社やホテルへの支払い・精算をリアルタイムかつ透明に実行できるようになる。

 

今後数年で、旅行会社の生成AIアプリがWeb3のウォレットやNFT特典と連動する事例は増え、中期的には計画から予約、支払い、特典利用までをエージェントAIが一気通貫で実行するようになるだろう。そして長期的には、旅行者は「行きたい体験」だけをAIに伝えれば、Web3インフラを介して全行程が自動で完結する世界が訪れる可能性が高い。Web3は旅行業における分散型の土台であり、エージェンティックAIはその上で動く自動化のエンジンとして、今後の旅行体験と業務プロセスを大きく変革していくと考えられる。

 

生成AIとWeb3は、旅行会社にとって「競争環境の再編」と「ビジネスモデルの変質」を同時にもたらす可能性が高い。

まず生成AIは、旅行商品の検索、比較、予約、顧客対応の多くを自動化し、しかも個々の旅行者の嗜好や状況に応じたパーソナライズを高精度で実現する。従来、旅行会社の差別化ポイントだった「提案力」や「情報提供の速さ」はAIによって再現・強化され、逆に言えば同質化も進む。これにより、差別化は単なる情報量ではなく、AIが扱うデータの質や独自性、さらに提供する体験価値そのものに移っていく。

 

一方、Web3は旅行会社の基盤部分を変える。ステーブルコインやスマートコントラクトを用いた決済は、国際取引やB2B精算を即時・低コスト化し、為替リスクを軽減する。NFTやブロックチェーン型ロイヤルティプログラムは、特典や会員制度を自社だけでなく異業種・他地域と横断的に展開できる仕組みを提供する。また、旅行者が分散型IDで自らのデータを管理するようになると、旅行会社は顧客情報を一方的に蓄積する立場から、顧客と「データ利用契約」を結び、その対価として特典や割引を提供する交渉型の関係に変わる可能性がある。

 

生成AIとWeb3が結びつくと、旅行会社は「分散型インフラの上で動くAIエージェント」を使って、顧客が提示する条件や希望を即座に読み取り、最適な予約・決済・特典利用までを自動完結できるようになる。これにより、カスタマーサポートやオペレーションに必要な人員は削減できるが、代わりにAIモデルの訓練用データ整備、ブロックチェーンとの接続、パートナーシップ構築といった新しい能力が不可欠になる。

 

結果として、旅行会社は単なる仲介役から、顧客の嗜好や行動データを活用して新しい体験や特典を設計し、そのデータを安全に共有・提供することで収益や付加価値を生み出す事業者へと役割を移していくことになるのだろう。

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