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2025年12月第3週の編集人コメント

 

年末恒例の「今年の10大ニュース」が発表された。PhocusWireの二つのランキングを並べて読むと、2025年の旅行業界を象徴する、ある興味深い構図が浮かび上がる。
それは、表層では「体験= experience」が主役でありながら、基層では「AI」がすべてを規定し始めているという逆転構造である。

TRAVEL'S MOVERS, SHAKERS AND NEWSMAKERS IN 2025」において、PhocusWireは2025年の旅行テクノロジー分野の主要トピックとして、
① 体験重視
② 人工知能(生成AI・エージェンティックAI)の本格普及
③ バケーションレンタルの再編
④ 自律運転交通の進展
⑤ 法人旅行(TMC)の統合
という5項目を挙げた。

注目すべきは、「AI」を抑えて「体験」がトップに置かれている点である。この順位は、旅行の価値が依然として「体験」に帰結することを明確に示している。どれほど技術が進化しようとも、旅行者が最終的に評価するのは、感情、記憶、意味といった主観的な体験である。旅行テクノロジーは、それ自体が目的なのではなく、あくまで体験を成立させるための手段に過ぎない。

 

しかし一方で、「PhocusWire 2025 トップ論説記事(10大op-ed)」を俯瞰すると、最大の関心軸は明らかに「エージェント型AI(agentic AI)」にある。
トップ3に選ばれた論説は、

(1). AIエージェントはOTAをバイパスするのではなく、なぜ“スーパーチャージ”するのか

(2). InstagramとGoogleの統合:旅行マーケティングのゲームチェンジャー

(3). 旅行におけるエージェンティックAIの未来に関する4つのシナリオ

という構成で、(1). と (3). がAIを「意思決定主体」として描く一方、(2).はAI時代においてもなお、人間の関心や影響力が集約される“入口”がどこに残るのかを示している。

 

この一見した矛盾は、評価しているレイヤーの違いによって生じている。

「体験」がトップに来るのはユーザー視点の話であり、「AI」が支配的になるのは産業構造・設計視点の話である。

2025年、旅行業界では「検索エンジン向け最適化(SEO)」から「AI/エージェント向け最適化」への移行が本格的に語られた。これは単なるマーケティング手法の変化ではない。
人間ユーザー向け最適化(SEO、UI、従来の販売導線)よりも、AIエージェント向け最適化(データ構造、オファー設計、API、標準化)を優先するという判断が、航空流通、OTA戦略、旅行マーケティングにおける投資・設計・意思決定の優先順位そのものを根本から組み替えつつある。

つまり、体験は依然として主役であり続けるが、その体験を設計し、選別し、購入を決定する主体がAIへと移行し始めているのである。
 

体験が表舞台に立つ一方で、AIは舞台装置そのものを書き換えている。

その文脈で見ると、トップ論説記事で2位に「SNS」が選ばれている点も象徴的だ。SNSは、人間の感情や共感、影響力が依然として可視化される数少ない領域であり、AI時代における「人間らしさの残存地帯」とも言える。一方、1位の「OTAスーパーチャージ」は、PhocusWireの読者層に多い仲介事業者たちの、「AI時代においても自らの役割が強化されるはずだ」という期待が色濃く反映された結果とも読める。

2025年の旅行業界を貫くメッセージは明快である。
体験の重要性は揺るがない。しかし、その体験を誰の論理で最適化するのかという問いに対する答えは、もはや人間だけではない。体験は主役であり続ける。その舞台装置と意思決定は、AIが担う時代になった。

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