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2025年8月第4週の編集人コメント

 

以下は、「1. ソーシャルコマースの未来、旅行会社採用の5つの戦略」の読後感想です。

 

ソーシャルコマースが旅行に迫っている、とPhocusWireの記事は伝えている。かつては検索から始まった旅が、今ではTikTokやInstagramのスクロールから始まる。写真や短尺動画が心を動かし、その場で予約まで完結するワンストップの仕組みが整いつつある。特にZ世代やミレニアル世代はSNSを主要な旅の情報源としており、検索エンジンに飛ばす従来の仕組みでは煩雑となってややこしい。この記事は、発見段階を意識したコンテンツづくりや摩擦の少ない予約導線、視覚に訴えるコンテンツの重視、自社チャネルの強化、成果測定の再設計といった五つの戦略を提示し、モバイルファーストに匹敵する変化が、いまやソーシャルファーストの時代として到来したと強調する。

 

では、この変化にOTAはどう向き合うのだろうか。SNSで発見から予約までが完結するなら、OTAは不要になるのか。実際にはそう単純ではない。ExpediaやBooking.comはすでにSNSと提携し、インスピレーションの瞬間から自社の予約基盤につなげる取り組みを進めている。侵食されるのではなく、取り込む方向に舵を切っているのだ。同じ構図はAIにも見える。エージェンティックAIが台頭すれば、OTAが中抜きされる未来も想像できるが、OTA自身がAIを武器として取り入れている。Hotels.comのAIエージェントやBookingのAIトリッププランナーがその例である。OTAが持つ在庫やレビュー、ロイヤルティプログラムはAIと相性がよく、進化を加速させる力になる。OTAの未来は揺らぐというよりも、進化の速度によって明暗が分かれると考えるほうが現実的だろう。

 

ただし、一社で完結する旅はもはや存在しない。発見から予約、旅程作成、移動、宿泊、体験、トラブル対応に至るまで、多様なプレイヤーが関わる。だからこそ旅行はエコシステムとして成り立つ。自動車業界がCASEを掲げたように、旅行にも似た潮流がある。つながる旅を実現する標準化の努力、AIによる旅程作成やサポート、持続可能性への対応、そして産業横断の連携。旅行は「旅行版CASE」とも呼べる方向に向かって動いている。

その基盤を支えるのが標準化の取り組みである。OpenTravel Alliance(米テキサス)は、航空、ホテル、レンタカー、IT企業などが集まり、予約や在庫管理のデータ交換を共通仕様で行えるようにしている。MarriottやDelta、Avis、IBM、Sabre、AWSといった企業が理事会に名を連ね、日本企業はまだ見当たらないが、こうした活動が業界の「共通言語」として静かに力を発揮している。

 

未来は混沌としている。特に目を見張るようなトラベルテックの急速な進化が存在する。ソーシャルコマース、AI、標準化、サステナ、それぞれの動きも速く、主導権が誰に帰するのかはまだ見えない。ただひとつ確かなのは、旅行が「個別サービスの集合」から「統合された体験」へと変わりつつあることだ。OTAはそのハブとなり得るし、遅れれば周辺化することもある。次の10年は、旅行がエコシステムの力学で再編される時代になる。そこにこそ、旅行の未来の姿がある。超パーソナライズされ、すべての旅程がつながった(コネクテッドした)“完璧な旅行”が現実になるだろう。

 

「10. 生成AIプラットフォームのパーソナライゼーション:そのコストは?」は、旅行業界が生成AIを活用して顧客体験を高度にパーソナライズしようとする潮流と、その裏側に潜む危うさを描いている。ExpediaやBooking.comはすでにOpenAIと連携し、AIによる旅程作成やトリッププランナーを導入している。旅行者の三割がAIを使って旅行計画を立てたという調査結果もある。しかし記事が最も強調するのは、AccorのBazin CEOが「顧客データをOpenAIに渡すべきではない」と警告した点である。顧客の行動や嗜好のデータは企業の競争力の源泉であり、それを外部のAIプラットフォームに明け渡すことは、便利さの代償として主導権を失う危険をはらんでいる。

 

この懸念は決して新しいものではない。かつて航空会社は自社の予約システムを持ちながら、販売拡大のためにGDSに依存した。その結果、予約や顧客データのほとんどがGDSに吸収され、航空会社自身は自らの顧客像を十分に把握できなくなった。GDSは流通のゲートキーパーとなり、顧客関係の主導権を握ったのである。Bazin CEOの発言は、生成AIが「新しいGDS」と化すリスクを念頭に置いた警告として重みを持つ。

 

では、旅行業界はどう振る舞うべきか。安易に外部依存すれば顧客関係を失い、かといって協業を拒めば利便性は損なわれる。重要なのは、AI時代にふさわしいルールを整えることである。まず、どのデータを共有し、どのデータを自社で守るのかを明確に線引きする必要がある。料金や在庫のように標準化して共有すれば利用者に利便をもたらすデータと、顧客属性や予約履歴のように企業の競争優位を支えるデータを区別しなければならない。次に、誰がどの目的でデータにアクセスできるのかを透明にし、二次利用には必ず同意を求めることが欠かせない。そして、やり取りの基盤となるAPIやフォーマットを統一し、個人を特定できる情報は匿名化して扱う仕組みを確立すること。最後に、こうしたルールが守られているかを監査できる体制を整え、違反には制裁や是正措置を伴わせることが不可欠である。

 

これはサードパーティークッキーの教訓そのものである。広告の世界では、利用者が知らぬ間に行動データを外部に流し続けた結果、GAFAにデータが集中し、企業は自らの顧客を見失った。同じ轍をAI時代の旅行業界が踏めば、再び主導権を失うことになるだろう。

 

生成AIは旅をより便利にし、体験を超パーソナライズできる可能性を秘めている。しかしその未来を自らのものにするためには、旅行業界はデータの扱いに対する厳格なルールを整え、主権を守りながら協業を進める道を歩まなければならない。ルールなき連携は依存であり、ルールある協業こそがエコシステムを強化する。記事が投げかけた問いは、旅行業界が次の十年をどう生き抜くかを考えるうえで避けて通れない。

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